2007年7月アーカイブ

矯正歯科の勉強をしようと決めたのは、大学6年の夏休みでした。



学生時代の友人たちと小樽のドリームビーチに出かけて、砂浜に寝転がって、これからのことなどを話し合っている時に、ふと

「矯正をできるようになりたい」

と思いたちました。

そのきっかけは、こういうことです。



6年生の初め頃だったと思いますが、伯父の紹介で、東京の新宿アルプス歯科(寺川國秀先生)の見学をする機会を得ました。それまで、大学の診療が一番最先端のこだわった診療と思っており、開業医のイメージは、子供の頃通った小さな歯医者さんというものでした。



ところが、アルプス歯科の診療は、固定観念をくつがえすものでした。診療は全て保険外。入れ歯は、血管まで再現する細やかさ。歯に詰めるものも、被せるものも、細部まで機能と審美性が追求されていました。衝撃でした。





「こんな歯科医師になりたい!」



進路について悩んでいた時、思いついたのは、アルプス歯科に就職し、寺川先生の元で学びたいということでした。しかも、そこで必要とされる人間になりたい、と。



見学した当時、アルプス歯科では矯正歯科を行なっていませんでしたので、『矯正歯科の技術を身につけて就職すれば、必要な人間になれるのではないか』と思いついた次第です。



残念ながら、この夢はかないませんでしたが、今も矯正歯科に残ってよかったと思っています。
北大矯正歯科には大学院に4年、医員として1年在籍し、その後医療大の助手を半年ほど勤めました。当時は、北大の大学院は、もちろん研究に重点を置いていましたが、講座全体の患者数が多く臨床経験を積む事も可能でした。担当の患者数は、大学院生でも40名にのぼりました。



 

研究については、工学部応用電気研究所と協力し、「歯の移動の三次元的解析」をテーマに、レーザーによる模型計測、コンピューターによる分析を行ないました。



 *参考文献:歯の形状認識と三次元移動量解析 



臨床については、助教授であった武内豊先生(現在市川市開業 たけうち矯正歯科クリニック)を師匠として、一年間、先生の厳しい指導の下に患者さんの治療を行ないました。



同時に、自由な時間も多かったので、自分でもいろいろな勉強をしました。ある本を手本に、その本に出てくる全ての治療装置を自分で作成して治療に応用したのもこのころです。一回の治療毎に、治療内容をカードの表に書き、次回治療経過を裏面に記入してストックしたりもしました。

この頃の深く掘り下げた勉強が、今でも臨床のベースになっていると思います。



 大学院、医局員、アルバイト、そして開業後を通じて、既に23年間で2000症例以上の矯正治療を行なってまいりましたが、この臨床体験が自分の治療の基準になっています。

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